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   幻蟲奇譚
 
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蚤の章…9


「ふ〜ん、今のお前からは想像できないね」
「それは、こっちの台詞だ。おい、擦りつけるな!」
「いいじゃないかよ。気持ちいいんだよ。はふ〜〜」
「そっちが気持ちよくても、こっちは悪いんだよ。あ〜、また…」
「…ふ、――たまらね〜。ぎ、ゃあっ!」
 
 黒と茶の虎縞模様の尻尾を、久裏里夏雄(くりざとなつお)が力加減無しで踏んだ。
 尻尾の持ち主の身体が跳ねた。
 しかし、絨毯と夏雄の足の間に尻尾を捕われているので、跳ねたことにより余計な痛みが加わったようだ。

「ギョエッ! …なんてことするんだよ。鬼、悪魔、鬼畜、人でなし」
「人でなしって…そりゃ、自分のことだろ? 人間じゃないんだから」
「あ〜、可愛くない。ミツ様がお前を可愛がっていたなんて、俺、絶対信じない。お前みたいな鬼畜が、初心(うぶ)だったなんて、絶対何かの間違いだ!」
「お前な、自分が今していたこと棚にあげてよく言うよな。新品の絨毯の上に毛を擦り付けたのは誰だ? みろ、この毛の数々」
「…だから、…それは、後でちゃんと綺麗にするつもりだったんだよ。それに沢山抜けたのは、今、夏雄が踏んだからだ! 足、退けろよ」
「でた、化け猫の開き直り」
 
 夏雄の足が尻尾を踏んだまま左右にグリグリと動く。

「ヒィ! 禿げる!」
「いっそ、禿げちまえ! こんなゴミを撒き散らす毛ならない方がマシだ」
「その毛が好きな癖に! ミツ様が言ってたぞ。『夏雄ちゃんはふさふさの毛で撫でられるのが好きなのよ』って」 
「その通りだ。ふさふさの毛が好きなんだ。タマジ、自分ので自分の尻尾がふさふさかどうかぐらい分かるだろ?」
 
 尻尾の持ち主の名をタマジと言う。
 名付け親は夏雄だ。
 最初はタマと名付けたが、化け猫の癖に猫みたいでイヤだとほざくので、それにジを付けてタマジとなった。 
 タマジの方が、変な名前だと思うが、付けられた本人は気に入っている。

「俺のも、もちろん、ふっさふさだー…ただ、少し、短いだけだ…」
「そういうのは化け猫の場合、ふさふさと言わないんだよ。人間様の頭髪なら、禿げてなかったら短髪でも言うけどな。動物の尻尾の短毛を、ふさふさなどとは表現しない。つまり、俺はその尻尾で撫でられても、全然嬉しくない」
「――嬉しくないのかよ。…俺の尻尾、好きじゃなかったんだ…。ゴミの生えた尾で悪かったな……」
 
 しまった、言い過ぎたと夏雄が後悔した。 
 大枚をはたいて購入したペルシャ絨毯だったので、ちょっと感情的になりすぎた。
 タマジがいじけ、その結果、サイズと形が変化した。
 クルッと上半身を丸めたかと思うと、見事に虎猫になってしまった。

「みゃ〜〜〜」
 
 踏まれた尻尾を放せと、虎猫が夏雄の足元で鳴いている。

「タマジ、その格好では美味い飯食えないだろう? 人型に戻れ」
「ふ〜〜〜〜、ふ〜〜〜〜」
 
 戻る気はないらしく、背中の毛を逆立て、抗議を始めた。

「好きにしろ」
 
 夏雄の足が尻尾から離れると、タマジは「好きにする!」と言わんばかりに、絨毯のいたるところで身体を擦り始めた。


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