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   幻蟲奇譚
 
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蚤の章…10


 ラチャク・トランジの色彩豊かな模様が、タマジから抜けた毛により曖昧になってきた。

「…限度ってものがあるよな? タマジ、そんなに俺が嫌いなんだ。ふさふさの尻尾じゃないお前でも、俺はミツさんよりタマジの方が好きなのにな」
 
 タマジの動きか止まる。
 本当に? とミツと違ってまん丸の目を更に丸くさせ、子猫のようなつぶらな瞳で夏雄を見上げた。

「ミツさんとのキスは一度だけだ。お前とは何回キスしてる? それも俺から。キスだけじゃなくて、もっと俺達親密なことしてるよな? あ〜あ、俺の一方的な想いだったとは。今までの俺の愛情はなんだったんだろう」 

 言いながら、自分の吐く台詞の臭さに夏雄は笑いそうになった。
 だが、そこは我慢だ。
 これ以上、絨毯を汚されては堪らない。

「――悪かったよ…」
 
 タマジの身体がムクムクッと人型に戻る。 
 ミツとの能力の差なのか、猫型から人型に戻ると、必ず服を着ていない。
 猫型の時に服が消えるせいだ。
 衣類は別の次元に行くらしい。
 ミツと違って、別次元に追いやった服を元には戻せないらしい。

「俺だって、夏雄が人間の中で一番好きだ」
 
 全裸のタマジが、絨毯に「の」の字を書きながら、告白する。

「反省してる?」
「…ごめん」
「そうか、自分の非を認めるのか。その素直さに免じて…」
 
 しまい忘れた尻尾の根元を夏雄に掴まれた。

「え?」
「イイコトしようぜ」

 



 昭和の哀愁漂うノスタルジックな趣、いや、古いだけの木造建築から、漏れ聞こえる男の悲鳴。

「ギャァア―――… ヤメロ! そんなもの持って、近付くな! 嘘つきッ、鬼、悪魔、」 

 全裸の男が、四肢をベッドに括りつけられ、強制的に大の字に仰向けにさせられている。 
 よくよく見ると「大」より「木」に見えるのは、男の一物が特別長いからではなく、通常、人なら無いはずの尻尾が尻の間から伸びているからだ。
 そう悲鳴の主はタマジだった。
 
 イイコトしようと誘われ、夏雄の策にマンマとはまってしまった。
 猫型になれば、容易に拘束から逃れられるが、身体を丸められないので猫型にもなれない。
 今のタマジは普通の人間同様無力だ。

「イイコトしてるだけだろ?」
 
 充電式のバリカンを持った夏雄がベッドの上に『よいしょ』とあがって来た。
 普通なら「ジジ臭い」と余計な一言を入れる男は、それどころではなかった。

「何がイイコトだ! 嘘つきは泥棒の始まりだって教えてもらわなかったのか」
「教えてもらったが、俺は嘘はついてないから関係ない。俺にとっては、十分イイコトだ。バカ猫が勝手にイイコトの意味を勘違いしただけだ。欲情して自分からベッドに上がったくせに。俺はちゃんとこの部屋に入ってからもお仕置きしてもいいかって聞いたぞ」
「そんなの詐欺だ! 本当のお仕置きなんて聞いてない!」
「お仕置きに嘘も本当もあるかよ、このエロ猫。何を期待してたんだか。自分から悦んで繋がれたよな、お前」
 
 ニヤッと意地の悪い笑いを浮かべた夏雄がタマジの尻尾を掴む。
 そして尻尾の先端にバリカンを当てた。

「…や、めろ、――本当に怒るぞ。化け猫の祟りを舐めるなよ」
 
 威勢はいいが、タマジの身体は小刻みに震えていた。



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