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蚤の章…7
「真っ赤な顔をしよってから、怪しいの」
「違うってっ!」
「ほらほら、夏雄ちゃん落ち着いて。繁さんも夏雄ちゃんをからかってないで、せっかくのおはぎを頂きましょう」
繁さんがこれ以上夏雄ちゃんを苛めると悪いからと、ミツが尻尾と耳をしまう。
あ、チャンスを逃した…
ふさふさの尻尾が身体に巻き付いたり頬を掠めたりと、ミツが自ら触れてくれた。
今日なら触らせてもらえたかも、と悔やまれた。
もう二度とこんなチャンスは巡ってこない気がしてならない。
「――ミツさん、…あの、」
尻尾、触らさて、と頼もうかと思ったが、祖父の繁雄が、ニヤツキながら横目で自分を見ているのが分かって言えなかった。
「ばあちゃんのおはぎ美味しいな、って」
「本当に、美味しいわね〜」
「ああ、絶品じゃ〜」
その後、祖父に碁の相手をせがまれ、あっという間に夕方だ。
「遅くなってしまって悪いわね。夏雄ちゃん、これ、皆さんでどうぞ」
自分が持って来た風呂敷包みを手渡された。
ずしりと重い。
入っていたおはぎは三人で食べたので、容器に別の何かを入れたのだろう。
「何?」
「開けてのお楽しみ」
「了解。お邪魔しました」
玄関の引き戸を開けて外に出た。
ミツも見送りに出る。
「また、遊びにいらっしゃい」
「うん」
「本当よ?」
「約束する」
「じゃあ、指切り代わりに…」
それはほんの一瞬の出来事だった。
「――今の…」
ミツの顔が夏雄の正面に降りてきた。
そして唇に感じた柔らな感触。
「ふふ、繁さんには内緒ね」
引き戸がぴしゃりと閉まる音と共に、ミツの姿が消えた。
「…キス?」
キスされた?
ファーストキスだ…。
衝撃で頭が麻痺したのか、イヤとか嬉しいとかの、諸々の感情は沸かなかった。
唇に残る感触だけが、余韻となって夏雄の唇にいつまでも残留していた。
「お赤飯? 珍しいね」
夕飯に白飯以外が主食として並ぶことが、夏雄の家ではあまりない。
炊き込みご飯やちらし寿司もなければ、うどんや蕎麦、パスタなどの麺類が並ぶことも希だ。
白いご飯に、味噌汁、それに主菜と季節の野菜で作った漬け物が定番だ。
朝食も似たようなものだ。
白いご飯に味噌汁に焼き魚、それに卵焼きか目玉焼き。
だが、今日は赤飯が茶碗に盛られている。
「夏雄は、中身知らんかったのかい? これ、夏雄が持って帰った赤飯じゃよ」
「風呂敷の中身?」
「そう」
「じゃあ、ミツさんの手作り?」
「そうみたいだね」
「やっぱ、珍しいね。ミツさんがお菓子以外を持たせてくれることって初めてじゃない? それに小豆が苦手なミツさんがわざわざ作ってくれたってことでしょ?」
「今日は特別みたいよ」
口を挟んだのは、母親の和子だ。
喫茶店を営んでいる母親は、夕飯を食べるとまた店に戻る。
忙しい母親に代わって夕飯は祖母がいつも用意していた。
「特別?」
「ミツさんが作って持たせたとなると…祝いしかないだろう」
答えたのは父親の高雄だ。
定時に仕事が終わったのか、既に風呂上がりらしく、スウェットの部屋着で座っている。
「誰かの誕生日ってわけじゃないよね。う〜ん、父さんの昇進とか?」
「お前だよ、夏雄。夏雄も大人になったというわけだ」
「まだ、中学生だけど?」
「そういう意味じゃないわよ。あなた、明日から自分の服は自分で洗濯しなさい」
「え――、面倒くさい。別々洗ったら、水も洗剤も無駄だと思う」
夏雄の発言に、食卓を囲む三人が顔を見合わせた。
「ミツさんの鼻が、間違うってこと……」
和子がぼそっと呟く。
呟いた和子と他二名がまた顔を見合わせ、ないない、と三人同時に首を振る。
「鼻が良すぎて、数日早めに嗅ぎ取ったことはあるかもな〜」
「…そうかもしれませんね」
和子が、ここは男親が、と高雄の脇腹を突いた。
ゴホンと高雄が咳払いをして、夏雄を軽く睨む。
「夏雄、明日から自分で洗うこと。親の気遣いに、感謝しろ。じゃないと、後悔するぞ」 洗濯一つで大袈裟だと思った。
「赤飯はお祝いで、それは僕が大人になったからで…でも、僕中学生だし成人式まで七年ある。それと洗濯って、どういう関係なの?
…あ」
もしかして、ミツ宅で言われた「そろそろ」に関係しているのかも知れない。
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