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   幻蟲奇譚
 
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蚤の章…6


 「ミツさん、離してよ」
 
 胸と腕と尻尾で身体を拘束され、本当に息苦しくなってきた。
 その上、頭部を這う鼻に自分の匂いを嗅がれ、夏雄の羞恥心が更に高まった。

「どれどれ。んん、ワシの鼻では汗の臭いしかせんけどな」
「じいちゃん、僕が臭いみたいに言わないでよ。ミツさんも、お願いだから。…離してって、マジ、…ギブ!」 
 
 ミツの尻尾が初めて夏雄の身体に巻き付いているというのに、残念ながら夏雄にはその感触を味わう余裕がなかった。

「ミツ、夏雄が窒息しとるぞ」
「あら、まあ。ホント、お顔が真っ赤」
 
 ミツから解放された夏雄が、はあ〜と息を深く吸い込んだ。

「酷いよ、ミツさん。死ぬかと思った」
「ごめんなさい。でも、夏雄ちゃん、『マジ、ギブ』という言葉はいただけないわ」
 
 ポンポンと尻尾を畳に叩き付けながら、猫の耳をピンと立てたミツに睨まれた。

「…必死だったから、覚えてない」
 
 嘘だ。
 覚えていたが、苦しさで思わず発した言葉を注意されるのは納得できなかった。
 元はと言えば、ミツが夏雄を抱き締めたから、苦しくて思わず出た言葉だ。
 小さな反発心が夏雄に嘘をつかせた。

「ま、夏雄ちゃんたら」
 
 め、と幼子にするように、ミツが夏雄を睨んだ。

「アホじゃの、夏雄。嘘つくと左上を見るから、バレバレじゃ。ははは」
「…」
 
 自分の癖に夏雄は気付いてなかった。
 素直に謝っておけば良かったと後悔が夏雄を襲った。

「だから、夏雄ちゃんは可愛いのよ。嘘付いてます、って顔して嘘付く子なんて、夏雄ちゃんの年頃になるとそうそういないわ」
 
 褒められているのか、馬鹿にされているのか。

「でも、もうそろそろ可愛いなんて言えなくなるわね〜、繁さん」
「ミツの鼻がそう判断したんなら、間違いないだろ。そうか…夏雄もそろそろか」
「そろそろって、何が?」
 
 ミツに匂いを嗅がれた時から、気になっていた。
 繁雄とミツが顔を見合わせ、二人一緒にニヤリと笑った。
 だが、返事が戻って来ない。

「ねえ、」
 
 夏雄の催促に「内緒」と今度は二人同時に返ってきた。

「僕のことだよね? 隠すなんて狡い」
 「ふふ、大人は狡いのよ。それに元々化け猫は人間より狡い」
 
 化け猫を強調したいのか、ミツの耳がピクピクと動き、尻尾が夏雄の頬をふわりと掠めた。

「クシュン」
 
 尻尾の毛が舞ったのか、尻尾と一緒に埃が舞ったのか、鼻孔がむず痒くてクシャミが出た。

「やだ、夏雄ちゃん、猫アレルギー?」
「違う…クシュン。違うけど、鼻が痒い」
 
 夏雄が鼻をゴシゴシ擦る。

「ミツが色っぽい格好を夏雄に見せるからじゃよ」
 
 祖父の言う色っぽい格好とは、ミツの耳と尻尾を指すのだろう。

「あらあら、繁さんったら。また妬いてる。夏雄ちゃんの匂いに本能が騒いじゃって」
「しばらく、夏雄は出入り禁止じゃ〜の〜。ははは。ミツを夏雄に盗られたら大変じゃからの」
「なんだよ、それ」
 
 盗るわけないじゃないか、と反論すると、ミツに魅力がないと言っているように取られやしないかと夏雄は返答に困った。 

「夏雄ちゃんが困っているじゃないの。繁さん、可愛い孫をいじめちゃ、駄目よ。ふふ、夏雄ちゃんには、ちゃんとお相手がいるから、あたしは繁さんだけで、十分です」
「お相手って、そんなのいないし」
「今はね…ふふ。夏雄ちゃんにも運命のお相手はいるから安心しなさいな」
「そうか…、ミツにはもう見えとるんかぁ」
「ミツさん、本当に狡いよ。僕のことなのに、僕より知ってる」

 どんな女の子だろう? 
 運命の相手と聞かされては、気になって仕方ない。
 根掘り葉掘り訊きたいが、どうせ教えてはくれないだるう。

「だから、化け猫は狡いんですよ。化け猫のあたしは嫌い?」
「…好きだけど。あ、盗るとかじゃないからっ!」
 
 好きの意味もいろいろある。
 祖父とミツの関係を知ってしまったので、余計な意味まで考えてしまう。

「ふふ、大人は狡いのよ。それに元々化け猫は人間より狡い」
 
 化け猫を強調したいのか、ミツの耳がピクピクと動き、尻尾が夏雄の頬をふわりと掠めた。

「クシュン」
 
 尻尾の毛が舞ったのか、尻尾と一緒に埃が舞ったのか、鼻孔がむず痒くてクシャミが出た。

「やだ、夏雄ちゃん、猫アレルギー?」
「違う…クシュン。違うけど、鼻が痒い」
 
 夏雄が鼻をゴシゴシ擦る。

「ミツが色っぽい格好を夏雄に見せるからじゃよ」
 
 祖父の言う色っぽい格好とは、ミツの耳と尻尾を指すのだろう。

「あらあら、繁さんったら。また妬いてる。夏雄ちゃんの匂いに本能が騒いじゃって」
「しばらく、夏雄は出入り禁止じゃ〜の〜。ははは。ミツを夏雄に盗られたら大変じゃからの」
「なんだよ、それ」
 
 盗るわけないじゃないか、と反論すると、ミツに魅力がないと言っているように取られやしないかと夏雄は返答に困った。 

「夏雄ちゃんが困っているじゃないの。繁さん、可愛い孫をいじめちゃ、駄目よ。ふふ、夏雄ちゃんには、ちゃんとお相手がいるから、あたしは繁さんだけで、十分です」
「お相手って、そんなのいないし」
「今はね…ふふ。夏雄ちゃんにも運命のお相手はいるから安心しなさいな」
「そうか…、ミツにはもう見えとるんかぁ」
「ミツさん、本当に狡いよ。僕のことなのに、僕より知ってる」

 どんな女の子だろう? 
 運命の相手と聞かされては、気になって仕方ない。
 根掘り葉掘り訊きたいが、どうせ教えてはくれないだるう。

「だから、化け猫は狡いんですよ。化け猫のあたしは嫌い?」
「…好きだけど。あ、盗るとかじゃないからっ!」
 
 好きの意味もいろいろある。
 祖父とミツの関係を知ってしまったので、余計な意味まで考えてしまう。


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