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   幻蟲奇譚
 
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蚤の章…5


 ミツとは家族ぐるみの付き合いだ。
 父親が緊張するのを除けば、祖母も母親もミツ贔屓だ。

「あたりめ〜じゃ。皆、知っとる。ワシの大事なコレだからのう」
 
 と、繁雄が小指をたてた。
 既に夏雄も小指をの意味を理解していたが、理解出来ないのはミツと祖母の関係だ。

「でも、ばあちゃんとミツさんって…普通、こういう場合って仲悪いんじゃ…ライバルじゃないの?」
「ははは、夏雄は面白いのぅ。ミツが化け猫って知っても『ふ〜ん』って驚きもせんかったのに、色恋沙汰には常識的な発想じゃ。うちの家に普通を求めても無駄じゃよ」
「だって…だって、変だよ。ばあちゃんとミツさん仲いいもん。今日のおはぎだって、ミツさんの分だけ、ちゃんと黄な粉だし…」
 
 ミツは小豆にアレルギーを持っている。
 だから祖母の凛は、ミツの為にわざわざ黄な粉のおはぎを作った。

「ほんと、リンさんは気が利くお人で、あたしにもよくしてくれて。一番うれしいのは、繁さんの遺伝子をちゃんと残してくれたこと。あたしには出来ない大仕事だもの。だから、こうして夏雄ちゃんもここに存在するんだから。リンさんを凛ちゃんって呼んでいた頃が懐かしいわね〜」
 
 見かけは三十代前半のミツだが、実年齢は人間の常識を越えている。

「…もしかして、ミツさんの方がばあちゃんより先?」
「先もなにも、ばあさんをワシに勧めたのはこのミツじゃ。可愛い子がおるからって。ばあさんも、そりゃべっぴんさんじゃった」
「繁さん、じゃったじゃないでしょ」
 
 ミツが繁雄を軽く睨んだ。
 ありゃりゃ、珍しくワシも叱られた、と繁雄が肩を竦めた。

「今もリンさんは十分美しいですよ。人間は直ぐに表面に騙されるから。皺やらシミに惑わされるけども、リンさんは美しい人間です。逆の人間も多い昨今ですよ。夏雄ちゃんも、表面に騙されないようにね」
「うん。気を付ける。…そっか、ミツさんはじいちゃんとそういう仲で、しかもじいちゃんとばあちゃんとのキューピットで…、うん、簡単にいうと、ミツさんがいるから父さんも僕も存在するってことでしょ。なんか凄いね。僕さ〜、じいちゃんに印があるから、ミツさんと友達だって思ってた。そんな単純な話じゃなかったんだ〜」
「ふふ、ゴメンナサイね、夏雄ちゃん。あたしと繁さんのこと、イヤじゃない?」

確かに今知ったばかりの祖父とミツの関係は、かなり衝撃的だった。
 仲良しの二人が、違う意味で仲良しだったからといって、嫌いになるとか、気持ち悪いとは思えない。

「ううん。イヤじゃないよ。驚いただけ」
 
 ただ祖父も男だったんだいう当たり前のことを実感した。
 祖父は『祖父』という括りでしかなかったし、二人が一緒に寝る意味など考えたことなかったので、少しだけ変な気持になる。
 よくよく考えたら、祖父と祖母、父と母だって一緒に寝ている。
 自分が存在しているってことは、――まあ、そういうことなのだ、と夏雄の顔が赤らむ。

「な〜んで、夏雄が照れるんじゃ。ホッペがリンゴさんになっとる」
「可愛いわ、夏雄ちゃん。ホント、喰ってしまいたくなる」
 
 ミツが夏雄を自分の胸に引き寄せ、ギュッと抱き締めた。
 着物の上からでもわかるふくよかな胸に顔を押し付けられ、夏雄が慌てた。

「く、苦しいよ!」
 
 苦しいというのは嘘だ。
 クッションのような弾力が、思春期に足を突っ込んだ夏雄には恥ずかしかった。
 祖父とミツに挟まれて寝ていたころなら、躊躇いもなく甘えて身体を寄せることも出来たが、さすがにできない。
 とくに、祖父との関係を聞いたばかりだ。
 意識せずにはいられない膨らみだった。

「ミツ、夏雄が困っとるぞ。ははは」
「ふふ、繁さん、妬かないの。あれ?」
 
 クンクンとミツが自分の胸に収まっている夏雄の匂いを嗅ぐと、ミツの人型の耳が消え、猫の耳が現われた。
 耳だけでなくフサフサの白い尻尾も伸び、ミツの腕に並んで夏雄の身体に巻き付く。

「夏雄ちゃん、いい匂いがするわ。――そろそろじゃないかしら?」



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