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蚤の章…4
繁雄が小指を立て、「これじゃよ、これ」と、ミツに意味深に笑み向けた。
「いやですよ。夏雄ちゃんの前で、繁さんったら」
ミツの頬が桜色に、染まった。
「…照れてるの?」
「夏雄ちゃんったら、私の表情には敏感なのに…、小指の意味も知らないのね。まだ、あたしが繁さんの友達と思ってくれてたとは」
展開がおかしい。
二人は友達のはずなのに、ミツの口からもそれを否定する内容が漏れる。
「夏雄ちゃん、繁さんはどこもおかしくないですよ。安心して、おはぎ食べなさい。男前になって、もう子ども扱いできないって思ってたけど、まだまだ可愛いわね。嬉しいわ」
「――…僕は嬉しくない。なんだよ、二人揃って…。変だよ。訳がわかんない。友達じゃないって…なんだよ…それじゃあ、なんだっていうんだよ…」
二人から目を反らし、おはぎを菓子楊枝で捏ねくり回す夏雄の手の甲に、ピシャッとミツの手が飛んできた。
「お行儀が悪いです」
「――ごめん」
菓子楊枝を皿の端に置き、バツが悪そうにしている夏雄に、ミツがふわりと微笑む。
「素直な夏雄ちゃんが、ミツは大好きですよ」
「ミツは本当に夏雄贔屓じゃのう。夏雄もミツが好きみたいだが、お前の父親みたいにミツに惚れても望みはないからの。ミツはワシの友達じゃなくて、ははは、大事なラバーじゃ」
「ラバ? ミツさんは猫だよ」
その通り、とミツが夏雄に相づちを打った。
「ラブのラバーじゃよ。最近の中学校は、英語のラブを教えんのんか?」
「ラブは愛だろ。それぐらい、知ってる。でも、ラブのラバーって知らない」
「んもう、面倒クサイやつじゃのぅ。ラバーって言ったら、愛人のことじゃ」
あらら、繁さんったら、とミツの頬が桜色を通り越し桃色になった。
「アイジン? …アイ、ジン…愛、人? …愛人って、あの、愛人!?」
興奮で夏雄の声が大きくなる。
二人に散々子ども扱いされても、夏雄とて中学生だ。
愛人の意味ぐらいは知っていた。
「ワシには、このうめ〜おはぎを作ってくれたばあさんもおるから、ミツはお妾さんじゃ〜」
パクッと繁雄がおはぎにかぶりつく。
「――信じられない。…じいちゃんと、ミツさんが…」
うめ〜、と唸りながらおはぎに舌鼓を打つ祖父と、そんな祖父の横で桃色の頬でお茶を啜るミツ。
夏雄の視線が二人の顔の上を、せわしく交互に動く。
「夏雄ちゃんったら、そんなに風に見られたら、ミツの顔に穴があいちゃいますよ」
「ご、ごめん。でも…、だって…、ミツさんとじいちゃんが……そんな、嘘だ〜」
「嘘だと思うのは、夏雄の自由だけどよぉ、ワシがこの家に泊まるとき、どこに寝てるかお前だって知っとるじゃろ? 中学生になったんじゃから、その意味はもうとっくに気付いとると思ったんじゃが」
祖父はこの家では、ミツの部屋で木製の古いベッドにミツと一緒に寝ている。
幼い頃、その間に挟まれて夏雄も一緒に寝たこともある。
夏雄の中で二人が一緒に寝ていることは当たり前だったので、そこに意味があるとは、今まで一度たりとも考えたことはなかった。
――なかったのだが…
想像したくない図が、夏雄の頭に浮かびそうになったので、夏雄がブルブルと頭を振った。
「やはり、夏雄ちゃんは可愛いわ〜。高雄さんは、ご自分で気付いたみたいだけど。高雄さんの方が、ませてたってことかしら」
「――父さん? …そっか、もちろん、知ってるんだ…。あれ? もしかして、これって、僕以外、みんな知ってるってこと? 母さんもばあちゃんも?」
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