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蚤の章…3
「それにアレには印が出んかったから、ひがんでいるところもある」
「印か〜。父さんも複雑なんだね…」
「んま、そういうことだ」
「父さんの初恋の相手がミツさんだって、母さん知ってるの?」
「気付いちょるじゃろ。だけんど、お前の母親も、ミツに惚れちょるからよぅ…お互いライバル同士つうことだ。ハハハ、いい夫婦だ」
「じいちゃん、問題発言してない? 母さんもミツさんも、女だよ」
「宝塚にはまるおなごの心理と同じじゃろ。夏雄、若いくせに、頭かたいのう。その辺は高雄に似たのかもしれんな〜」
父親似と言われるのも、内容によってはあまり嬉しくないよな。
夏雄が口を尖らせた。
「じいちゃんはイヤじゃないの。自分の息子とその嫁が、自分の友達に横恋慕してるってさ〜」
「友達?」
はて、誰のことだ、と祖父が首を傾げた。
「呆けるにはまだ早いよ。ミツさんのこと。今、ミツさんの話してたんだよ」
「ワシは呆けちょらん。夏雄が友達なんて言うから…ちょっとばかし頭が迷子になったんじゃ」
今度は祖父の繁雄が口を尖らせる。
「じゃあ、友人」
「おまえ、そりゃあ、フレンドつう意味で言っとるのか?」
「…やっぱり、じいちゃん、病院行った方が…」
ガツンと拳骨が飛んできた。
「なんつう、失礼な孫じゃ。――ははは、そうか、夏雄はミツをワシの友達と思っとうたんか。そうか、そうか。まだまだ子どもじゃの、夏雄は」
人の頭に拳骨を飛ばしておきながら、祖父が陽気に今更のことを口にするので、夏雄は本気で心配になった。
「何言ってるんだよ、じいちゃん。ミツさんはじいちゃんの友達じゃないか。本当に大丈夫?」
祖父の繁雄が右手の小指を立て、それを夏雄の鼻の先に持って行くと、ニヤッと笑った。
「コレじゃよ。これ」
「小指…小指がどうしたの?」
「だから、ミツはワシのコレだって」
「そんなはずないだろ。じいちゃんしっかりして」
夏雄は祖父の肩を掴み、揺らした。
「しっかりとるぞ、ワシは。もうろくジジィの扱いとは酷い孫じゃ」
「ミツさんは確かに普通じゃないけど、じいちゃんの小指じゃないことぐらい、僕だって知ってるって。小指に尻尾や耳は生えないし、じいちゃんの身体の一部じゃないよ? ちゃんとした人間――じゃなかった…でもミツさんはミツさん、じいちゃんとは別の生命体だよ?」
「なにやらスケールのでっかい話になってきたな――ワシより、夏雄の方が大丈夫か?」
自分の身体を揺らす孫の手の上に、祖父繁雄が手を重ねた。
「ワシの小指という意味で言ったんじゃないんだがの。小指の意味も知らんのか」
「小指がどうかしました?」
お盆に皿に分けたおはぎとお茶の入った湯飲みを載せ、ミツが現われた。
甘いあんこの匂いと緑茶の香ばしい匂いがふわ〜っと漂ってくる。
クンクンと無意識に匂いを追う夏雄の姿にミツが目を細めた。
「ミツさん、じいちゃんがちょっとおかしいんだ」
「おかしい?」
ちゃぶ台の上に皿と湯飲みを置きながら、ミツが聞き返した。
「ミツさんが友達じゃないって言ったり、小指だって言ったり」
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