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蚤の章…16
「ちょっとお邪魔するわよ」
大正ロマンの着物を粋に着こなした三十代前半に見える女性が、夏雄が経営しているカフェ「栗砂糖(くりざとう)」に入って来た。
栗砂糖という店名は、夏雄の苗字の九裏里(くりざと) をもじったものだ。
「珍しいね、ミツさん。じいちゃんとばあちゃん、元気?」
「二人とも、元気ですよ」
カウンターに腰掛け、カウンター内にいる夏雄にミツが笑顔を向けたが、目は笑っていなかった。
「ご注文は?」
こりゃ、お小言を言いに来たなと夏雄は察したが、あくまでも客として注文をきいた。
「タマジを頂くわ」
「――ミツさん、何、それ」
「あたしの注文は、タマジ。タマジを出して頂戴」
やっぱり、その話か。
「タマジは家で寝てるから出せないよ、ミツさん」
「あ、そう。どうして、寝てるのかしら? あの子、ここの仕事好きなはずだけど?」
タマジもこの店で働いている。
経営は夏雄だが、実際店を切り盛りしているのはタマジの方だった。
「ミツさん、タマジのことで俺に説教しに来たんだ」
「あら、夏雄ちゃん、あたしから説教されるようなことしたの?」
「いや、してないけど。でも、タマジのことで来たんだよね」
「だから、言ったでしょう。タマジを頂くわって。不憫なタマジをこのまま夏雄ちゃんの横に置いておけないわ。タマジを引き取りに来たの。夏雄ちゃん、タマジを何だと思ってるの」
かなりお冠のようだ。
ここは素直に引き下がるべきか、それとも…
「どう耳に届いているのか知らないけど、タマジは俺と離れる方が不憫だと思うんだけど」
「記憶から夏雄ちゃんを消してしまえば、問題ありません」
「消す? 消すって、そんなことで――」
「出来ます」
そんなことできるのか、と最後まで言う前にミツから肯定された。
「夏雄ちゃん、あたしを舐めてもらっちゃ〜困るわね」
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