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   幻蟲奇譚
 
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蚤の章…18



「――やっぱり来たのか…」
 
 父親の高雄と母親の和子、それに五才になる妹の梨桜が暮らすマンションを訪れた夏雄は、歓迎されない客だったようだ。

「やっぱり、って、まさかミツさんから…」
「色々聞かされてるし、」
 
 高雄が、犯罪者でも見るような目を夏雄に向けた。

「泣きついてきても無視するように言われている」
 
 やはり、先回りされていた。
 夏雄が思い付きそうなことなど、全てミツにはお見通しってことだ。

「…あがってもいい?」
「あがるのは自由だ」
 
 しかし、相手をするつもりはないというニュアンスが高雄の声に含まれていた。

「お邪魔しま〜す」
 
 と定番の挨拶をしながら、夏雄は靴を揃えた。
 その昔、ミツに仕込まれた行儀作法は、今もそのままだ。
 脱ぎっぱなしでも叱られないであろう身内の前でも靴は揃える。

「母さんと梨桜は留守?」
 
 二人の靴もなかったし、気配もない。
 リビングに着いた夏雄を一人残したまま自室に戻ろうとしている高雄に、夏雄が話し掛けた。

「二人でタマジに会いに行った」
「なにそれ、」
「お前のことを詫びにでも行ったんだろ。ミツさんの話聞いて、か〜さん、顔真っ赤にして怒ってたから」
「…どうして、母さんが怒るんだよ」
「どうして? 俺も腹の底から怒ってるんだがな」
 ギロッと、睨まれた。
「――あのぅ、父さん、多分誤解していると思うから、俺の話も…聞いてもらえると…」
「誤解? タマジの尻尾の毛だけでなく恥部の毛まで刈り取って、そのうえ蚤ジイ使って破廉恥な行為に及び、そして、最後に彼を傷付ける言葉を投げ付けた」
「――傷付ける言葉?」
「タマジはショックを受けている」
「…そんな酷いこと、俺、言った記憶がないぞ?」
「言った自覚すらないのか? それならそれでいい。毛を刈っただけでも十分残酷な行為だ。俺はお前の親として、ミツさんの意見に賛成だ」
 
 親としてじゃなくて、ミツさんが好きだからじゃないのか?

「…じゃあ、父さんはタマジが俺と離れた方が、タマジには幸せだって思うのかよ」
「思う」
 

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